長女の拒食症克服記録♯12振り回される日常 | 『公認心理師』渡辺貴子トレーナー

長女の拒食症克服記録♯12振り回される日常

自主退院をした長女は、すぐに学校に復帰。

まさに、12年前のこの時期。

二期制の小学校だったので夏休み前日まで通常通りの時間割。

体力がもたなくなっていた長女は、4時間目終了後に早退。

歩く体力は残っておらず、私は毎日、車で迎えにいきました。

家で待っている間も、心配で心配で気がきじゃなかった。

学校帰りに彼女のリクエストでお昼を買って帰るようになりました。

毎回きまったコンビニ。

決まった食べ物。

それがない時には、同じコンビニの別の店舗へ。

見つかるまで、市内を走り回りました。

そうです。

そのころから、徐々に日常がルーティン化され、いろんな場面で縛りがでてくるようになっていきました。

■食事の時間縛り

朝、昼、晩の食事の時間をキッチリと決めるようになりました。

昼と晩は、その1時間前に車で買い出しにいきます。

■食事の内容縛り

朝…0kcalゼリー

昼…200kcalに満たないベーグル(某コンビニで)+0ゼリー

晩…昼と同じメニュー

途中におやつ…0ゼリー

つまり、毎日2種類のものだけ。

毎回同じものなので「買い置きしたらいいんじゃない?」と言ったら、大泣き。

買い置きはアウト。お店にないと、ハシゴして見つかるまで諦めません。

■食事環境の縛り

・必ず録画したお笑い番組をつける

が、見ないし、おそらく聞いてもいない。一切笑わない

・テーブルの上を超きれいにす

・ママと二人で食べたがる

・食事中に、次女が私に話しかけると泣き出す

■家族の食事の準備をしたがる

・買い物と料理

■お風呂の時間

・入る時間が決まり、必ず2時間

倒れるんじゃないかと、心配でした。

■家族が食べる食材の買い出し

決まった時間に毎日、私と共に車で。

当時は社宅の4階に住んでいたので、体重20kgを下回ってからは私が抱っこやおんぶをして4階まで上がっていた。

■ベランダにテーブルと椅子をセッティングしてベランダで昼・夜を食べるように。(私と)

いろいろな縛りがある中で、家族が振り回されていました。

とくに、次女にはたくさん我慢させてしまいました。

お風呂の時間、食事の時間。

入りたい時に入り、食べたい時に食べたいよね。

時間だってその時に応じて、臨機応変にしたかっただろう。

外食だってしたかっただろう。

長女が買い物に行きたがる時間と、次女が学校から帰ってくる時間が重なることも多く、そ次女の帰宅時に、ママとお姉ちゃんがいないことも増えていった。

頑張って学校へ行って帰ってきてもママはいなくて、お留守番して待っていて。

ママとお姉ちゃんが帰ってくると、すぐにお姉ちゃんのご飯の時間になって。

その時は、ママに話しかけてはいけないルールができてしまっていて…。

長女は長女、次女は次女。

当時の私はそうすることができませんでした。

怖かったんです。

長女を刺激して、わずかな食べ物すら食べなくなることが…

おかしくなってしまうことが…

だから、私は自分だけではなく、次女にも長女に合わせることを要求してしまっていました。

私が、次女に要求していたんです。

例えば、食事の最中に次女が私に話しかけると長女は怒って泣き出すんです。

だから、絶対に次女に、私に話しかけないように言い聞かせる。

「お姉ちゃんがおかしくなっちゃうからね、ママに話しかけちゃダメだよ」

ひどいお母さんです。

当時の私の意識は99.9%が長女。次女はたったの0.1%。

この0.1%だって、次女に寄り添うものではありませんでした。

長女に気を遣いながら、横目で次女を伺う…。

「お姉ちゃんが大変なんだから、協力してね!」

小学3年生です。

どんなにか、つらかっただろう。

そんな言葉では言い尽くせないほどの我慢と悲しみだったと思います。

その抑圧された思いはのちに大きな波となって暴れ出すのですが

それはもうちょっと先の話。

どんなに、周りが合わせたって思うように行かないことがあります。

ルーティンが崩れたり、思い通りの協力が得られなかったり。

そんなとき、長女は別人のように豹変しました。

「悪魔に取り憑かれたみたいに…」と表現されるお母さんはたくさんいらっしゃいますが、長女もまさに、そう。

思い通りにならない時は、この世の終わりかと思うほどに泣き叫び、罵り、深く落ち込みました。

でも、悪魔が取り憑いていたんじゃない。

いのちが、心をとおして叫んでいたんだと思います。

「この家は地獄だよ…。この地獄は一生続くの?」

次女がポツッと言った言葉は、あの頃の我が家の状況そのものでした。